最高人民法院が2024年知財典型事例を公表

最高人民法院が2024年知財典型事例を公表

 

中国最高人民法院は、2025421日に、2024年の知財典型事例を公表した。

最高人民法院は、毎年426日の「世界知的財産の日」前後に、前年の知財十大判例を公表してきたが、昨年分については、計8件の典型事例が公表された。8件の内訳は、民事訴訟が7件、民事訴訟の付随する刑事訴訟が1件であり、審決取消訴訟等の行政訴訟は含まれなかった。また、権利種別としては、特許権関連が1件、商標権関連が1件、著作権関連が3件、不正競争関連が5件(重複含む)であり、特許権関連の1件(以下に紹介する事件1)は職務発明の権利帰属に関する事件であった。植物新品種や独占禁止法関連の事件は、今年は選出されなかった。更に、過去には国際的ブランド等の外国企業が当事者となる事件が比較的多く選ばれていたのに対し、今年の事例の中で外国当事者が関わる事件は、シンガポールの不動産グループを原告とする商標権侵害及び不正競争事件(以下に紹介する事件2)のみであった。

全体の傾向として、国内企業同士の不正競争事件が多く、また、バイオ、AI、オンラインゲーム、携帯アプリなどの新しい技術分野に関する事件が多く選出されている。それらの新領域において、新たな技術や発想を利用した、伝統的な著作権侵害や不正競争の類型に収まらない行為を、権利者保護の観点から幅広く不正競争行為と認めた判決が多く集められた点が、2024年の典型事例の大きな特徴である。

本記事では、計8件の2024年知財典型事例のうち、日本企業にとって特に参考になると思われる4件の概要を紹介する。

 

●事件1 mRNA骨関節炎医薬製剤に関する特許権の帰属紛争事件[i]

本件は、職務発明の権利の帰属が問題となったケースである。

原告は、海外から帰国した3名の起業家によって20181月に深セン市に設立され、mRNA医薬の研究開発と実用化に取り組むハイテク企業である。3名の創立者のうちの胡氏は、20199月、同じ深セン市に、別のハイテク企業である被告企業を設立した。本件では、この被告が20216月に出願し、202110月に登録された、「mRNA製剤による骨関節炎医薬製剤、その製造方法および用途」に関する特許権の帰属が争われた。

原告は、当該特許発明は胡氏が原告在職中に行った職務発明であり、被告による特許出願は、原告の正当な権利を侵害するものであると主張し、当該特許の権利が同社に帰属することの確認を求めて提訴した。一審は、原告の請求を棄却したが、同社はこれを不服として上訴した。

二審では、最高人民法院副院長である陶凱元裁判官が裁判長を務める5名の大合議により、中国の憲法記念日に本件の公開審理が行われ、多数のメディアの注目を集めた。最高人民法院は、mRNA技術の医薬分野における重要性や、帰国した3名の研究者の密接な協力により当該分野の研究開発に重要な貢献をしている事実を踏まえ、和解優先の方針を取った。結果として、調解(裁判所における和解)が成立し、原告・被告の2年以上にわたる紛争が終結した。

本件は、バイオ医薬分野の重要な共通基盤技術、かつ最先端のハイテク技術であるmRNA技術に関する事件であり、人民法院のイノベーション奨励の姿勢を示す事例として注目された。また、人民法院は近年、知財紛争において積極的に和解をすすめる方針を取っており、調解により解決された事件が典型事例に選定された点には、和解重視の姿勢が鮮明に示されている。

 

●事件2 不動産分野における商標権侵害及び不正競争事件[ii]

本件は、不動産分野において、登録商標と類似する商号の使用が問題となったケースである。

シンガポールの仁恒ランド・グループは、1993年から上海、南京、成都等に子会社を設立し、名称に「仁恒」を含む不動産物件の開発・販売等を手掛けてきた。また、同社は、建築や不動産販売等の役務において、「仁恒」商標の登録を受けている。

一方、被告の蘭州仁恒不動産有限公司は、2002年に設立され、蘭州市内で仁恒国際」、「仁恒晶城」等の「仁恒」を含む名称の不動産物件を、多数開発・販売している。

原告である仁恒ランド・グループ及びその中国子会社は、被告の行為が自らの商標権を侵害し、不正競争行為を構成するとして、訴訟を提起した。一審は、被告に対し、商標権侵害行為及び不正競争行為の停止、約1300万人民元(約2.7億円)の損害賠償金の支払い、並びに謝罪広告の掲載を命じたが、被告はこれに不服として上訴した。

二審の最高人民法院は、商標権侵害行為及び不正競争行為が成立するという一審判決を維持した。商標権侵害については、被告による「仁恒」標識の使用行為が蘭州地域に限られるとしても、類似商標の同一・類似役務における使用であること、原告の「仁恒」商標が既に市場において一定の知名度を有していること、原告の提出証拠から一部の消費者に混同が生じている事案が確認できること等の要素を総合的に考慮すれば、消費者に混同が生じる可能性があり、商標権侵害が成立すると判断した。

また、不正競争については、原告の商号である「仁恒」が被告による蘭州仁恒設立時に既に市場において一定の影響力を有していたこと、被告の代表者が蘭州仁恒設立前に上海で原告から「仁恒」ブランドのマンションを購入した経緯があり、原告ブランドを知りながら故意に類似の商号等を使用したことが明らかであること等を考慮し、被告の行為は、不正競争防止法第6条第2項の「他人の企業名称等を無断で使用する行為」に当たると判断した。

本件では、不動産分野において、海外著名ブランドと同じ標識を商号、商品名、ドメイン名に使用する行為が、商標権侵害及び不正競争行為に当たると判断された。判決で示された判断基準は従来の裁判例や司法解釈の内容に沿ったものであり、特に目新しいものではない。しかしながら、同様の事案が頻発し、商品価格の高さから社会的影響の大きい不動産分野において、権利者を公平に保護する判断が下された点が注目され、典型事例に選出されたと思われる。

 

●事件3 ゲーム未公開キャラクタ営業秘密侵害事件[iii]

本件は、人気オンラインゲーム「崩壊:スターレイル」のバージョンアップ前のベータテストに参加したゲーマーが、機密保持契約に反して未公開キャラクタの情報を盗撮し漏洩させた行為が、不正競争防止法に規定された営業秘密の侵害にあたると判断され、仮処分命令及び侵害判決が下されたケースである。

原告の上海miHoYo社は、世界的に有名なオンラインゲーム「崩壊:スターレイル」を提供しており、当該ゲームを定期的にバージョンアップしている。被告は、原告による新バージョンリリース前の内部ベータテストに参加した際、機密保持契約に反して新キャラクタやそのスキルデータに関する画面を撮影・録画し、複数回にわたって第三者に漏洩させた。

原告は、被告による侵害行為の即時停止を求める仮処分申請を行い、裁判所は、侵害行為の緊急性に鑑みて、民事訴訟法に規定された48時間の審理時間内に、迅速に侵害行為の停止を命じる仮処分の裁定[iv]を下した。その後、原告は侵害訴訟を提起し、裁判所は、被告に侵害行為の停止と50万元(約1千万円)の損害賠償金の支払いを命じた。原告、被告はいずれも上訴せず、一審判決が確定している。

本件では、ゲームの新キャラクタ等の情報が、不正競争防止法上の営業秘密に当たるか否かが争点となった。上海市浦東新区人民法院は、それらの情報は連続した動的なゲーム画面及びスキルデータ等を構成しており、営業秘密に該当すると判断した。更に、実質的に保護すべきなのは、データそのものではなく、一定期間ごとにバージョンアップすることでユーザの注目度を維持するという原告のビジネスモデルと、それによってもたらされる競争上の優位性であるため、被告が漏洩した情報が正式リリースにより既に一般公開されているとしても、被告によるリリース前の漏洩行為は、営業秘密の侵害に当たると判断した。

本件は、ゲームの新キャラクタ等の情報が営業秘密と認定される際の判断基準が示された点、更に、それらを漏洩させる行為が、著作権侵害だけでなく、不正競争防止法上の営業秘密の侵害行為にあたることが示された点で重要な事例である。著名なオンラインゲームに関わる事件であり、世間の注目度が高いこと、また、新分野における公正な競争の保護という人民法院の姿勢を示すのにふさわしい事件であることから、典型事例に選定されたものと思われる。営業秘密の漏洩行為について、当該行為を即座に停止させなければ金銭で補償しきれない重大な被害がもたらされるという緊急性が認められれば、人民法院から迅速な仮処分命令を引き出せることが示された事例としても参考になる。

 

●事件6 ネットレビューによる不正競争事件[v]

本件は、科学的根拠なく原告製品より被告製品の方が高性能であるとのネットレビュー記事を提供した行為が、不正競争防止法上の虚偽宣伝行為に該当すると判断された事例である。

問題となったレビュー記事は、中国で人気のSNS「小紅書(Reb Note)」上に掲載された、8ブランドのUVカットウェアの比較レビュー記事であり、その中には、原告側の「甲ブランド」と、被告の関連会社が展開する「乙ブランド」が含まれていた。記事において、被告は、「甲ブランド」のUVカットウェアについて、「素材はポリエステル100%。特徴は生地が厚めで、出荷がやや遅いこと。実験データは0019。」と記載し、「乙ブランド」については、「ナイロン88%、スパンデックス12%。涼感が強く、UVカット効果も高い。実験データは001。」と記載している。(判決文に実験データに関する説明がないため詳細は不明だが、文脈から判断する限り、値が低い方が、UVカット性能が高いことを意味しているようである。)レビュー記事の結論部分では、「素材はナイロン製を選ぶこと。ナイロンはポリエステルよりもUVカット効果が高く、ナイロンの割合が高いほど効果的。」と、素材のナイロン比率が最も高い「乙ブランド」をアピールした上で、筆者自身はUVカット性能を重視し、一桁台の数値(0001)を有する「乙ブランド」等を選択した、と述べている。

原告は、このUVカット性能に関する記載には科学的根拠がないとして、「甲ブランド」及び「乙ブランド」のUVカットウェア、及びレビューで言及されたUVカット性能測定機器を法廷内に持ち込み、裁判官の前で、それぞれの性能を測定した。測定では、「甲ブランド」及び「乙ブランド」のUVカットウェアのUVカット性能は、いずれも0001又は0000であり、「甲ブランド」の性能が「乙ブランド」に劣らないことが示された。そのため、一審裁判所は、被告によるレビュー記事の提供が、不正競争防止法第8条第1項に「事業者は、その商品の性能、機能、品質、販売状況、ユーザ評価、受賞歴等を偽り、又は関連公衆に誤解を生じさせる商業宣伝を行い、消費者を欺き、誤った方向に導いてはならない。」と規定された、虚偽宣伝行為にあたると判断した。

原告は、被告のレビュー記事が、更に同法第11条に規定の名誉棄損行為にあたると主張して上訴した。二審の蘇州市中級人民法院は、レビュー記事は8ブランドを比較するものであって原告の「甲ブランド」のみを対象としたものではなく、内容も「甲ブランド」を貶めるものであるとまでは言えず、実質的に、原告ブランドに対する市場評価の低下や競争力の喪失をもたらすものではないことを理由に、被告レビュー記事は虚偽宣伝行為のみにあたる、という一審判決を維持した。

本件は、SNS上のユーザレビューという、一般的に対抗手段の取りづらい行為に対し、原告が改めて測定を行ったことにより、不正競争行為であるとの判決を勝ち取ったケースである。SNS上の記事が消費者の選択に与える影響力が増大している現代において、不正競争防止法の目的に立ち返り、レビューの適法性を判断する基準が示された点、更に、こうしたネット上のレビューの健全な発展と適法性の維持にコミットする人民法院の姿勢が明らかになった点において、意義深い事例である。

 



[i] (2023)最高法民終871号

[ii] (2023)最高法民終418号

[iii] (2024)沪0115民初38294号

[iv] (2024)沪0115行保2号

[v] (2023)055492